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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)3003号 判決 1982年2月23日

控訴人 柴田国夫

右訴訟代理人弁護士 稲野良夫

被控訴人 株式会社加藤建築事務所

右代表者代表取締役 加藤伸一

右訴訟代理人弁護士 清水健

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は

「原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人から金二一三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和五二年一二月二一日から右支払済みまで、年五分の割合による金員の支払いを受けるのと引換えに、控訴人に対し別紙物件目録記載の土地、建物につき、昭和五二年七月二九日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、被控訴人は、本件控訴を棄却する旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠関係は、原判決二枚目裏五行目の「訴外会社の都合により第三者名義にしても、被告は、」を「被控訴人は、訴外会社が都合により本件売買契約上の買主の地位、若しくは本件売買契約に基づく本件物件の所有権移転登記請求権を第三者に譲渡するにつき、あらかじめ」に改め、同末行の「(一)被告は、」から同三枚目表三行目の「(二)」までを削るほかは、原判決の事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実中(三)の合意がなされたとの点を除き、その余の事実については当事者間に争いがない。

二1  《証拠省略》によれば、被控訴人は訴外会社との間の本件売買契約において、本件物件の売主である被控訴人は、訴外会社の最終の残代金支払期限である昭和五三年六月末日までに、買主である訴外会社又はその指定する第三者に対し、本件物件の引渡し手続と、完全な所有権移転登記手続を完了しなければならないこと、訴外会社が本件物件につき代金全額の支払いを了したときは、訴外会社の都合により、中間省略の方法により直接被控訴人から第三者に対し、本件物件の所有権移転登記手続をなすことに、被控訴人は異議なく承諾すること、訴外会社は、被控訴人が本件物件の引渡し及び所有権移転登記手続をなすのと引換えに被控訴人に対し、残代金一八三四万円を支払うこと、本件物件の所有権は、訴外会社が代金全額の支払いを了したとき、被控訴人から訴外会社に移転する旨の合意をなしたこと、ところで控訴人は、昭和五一年ころから訴外会社の金融業の資金として手形割引により融資をなし、昭和五二年一一月ころには、貸付金額が約一五〇〇万円に達していたため、訴外会社から担保としてそのころ値上り傾向にあった本件物件の買主たる地位の譲渡を受け、その際訴外会社は控訴人に対し、本件物件につき同年一二月二〇日限り支払うべき代金の内金三〇〇万円の支払いをなすことを約したこと、しかしながら訴外会社の実質的経営者である訴外勝見健一(同訴外会社代表者代表取締役である勝見啓子の夫)が、同年一一月初旬ころ多額の債務を負ったまま姿を晦まし、同訴外会社は右内金の支払いをなし得なくなり、控訴人の長男である訴外柴田国昭は、控訴人の代理人として同年一二月一五日ころ被控訴人に対し、本件物件の買主たる地位の譲渡を受けたことを口頭で告知すると共に、被控訴人の承諾及び右内金の支払いを申し出たこと、ところが訴外会社が本件物件の当初支払いにかかる手附金五〇〇万円につき、これに充てるため訴外日興信用金庫から金四五〇万円を借り入れた際、被控訴人がその連帯保証をしていたことから、右借入残金約四一〇万円につき、被控訴人が連帯保証人としてその支払いをせざるを得なくなった事情もあり、被控訴人は、本件物件の買主たる地位の譲渡につき承諾を与えることを拒絶し、控訴人の右内金支払いの申出でも受け入れなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  一般に双務契約である売買契約においては、買主が代金支払債務を負担しているのであるから、その買主たる地位の譲渡がなされる場合、売主にとっては買主の右債務についての担保力に変更をみるため、買主たる地位の譲渡にあっては、単に買主又は譲受人の売主に対する右譲渡の通知のみでは足らず、売主の同意ないし承諾なくしては、譲渡人と譲受人との間においてはとも角、売主に対しその効力を及ぼし得ないものと解するのが相当である。

3  本件においては、被控訴人が本件売買契約に際し、訴外会社の買主たる地位の譲渡につき、一般的包括的な事前の承諾を訴外会社に約したことを認めるべき証拠はない。

なお付言すれば、前顕甲第八号証、乙第一号証の売買契約書には、「ただし買主の都合に依り第三者名義にしても売主は異議なく承諾の事。」なる文言の記載があるが、その趣旨は前記認定の他の合意内容との対比からしても、精々訴外会社が本件物件を第三者に譲渡した場合、被控訴人に対し代金全額の支払を了していれば、被控訴人からその第三者に対し直接中間省略の方法により所有権移転登記をなし得ることを合意したものと認めるのが相当であり、これを超えて買主たる地位の譲渡をなした場合にも、一般的、概括的に事前承諾を与えた趣旨であるとは解し難い。

従って控訴人の買主たる地位の譲渡を受けたことを事由とする請求は、その余の判断を待つまでもなく理由がない。

4  ところで、控訴人は、本件物件の所有権移転登記請求権の譲渡を受けた旨の主張をもあわせしているが、通常買主たる地位には、所有権移転登記請求権も帰属していると解すべきであるから、譲渡による買主たる地位が否定された以上、特段の事情のない限り、所有権移転登記請求権の譲渡もまた否定されたものとみざるを得ないところ、本件においては、右特段の事情は何ら見出し得ない。

よって、控訴人の本件物件につき、所有権移転登記請求権の譲渡を受けたことを事由とする請求も理由がない。

三  以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、結局正当というべきであり、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高野耕一 相良甲子彦 裁判長裁判官林信一は、退官につき署名捺印することができない。裁判官 高野耕一)

<以下省略>

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